作戦の前日、男はそう言った。
ガッ、、、ガッ、、、ガッ、、、ガッ、、、
クリートの乾いた音が響いている・・・。
男の心境とは裏腹に、吹き抜けるそよ風と涼しげなせせらぎの音が周囲を包んでいた。
見上げると木々の隙間から抜けるような青空が見える山道を男は歩いていた。
「…俺はこんな処で何をやっているんだ…」
自転車を押しながら歩行には向かないシューズで重い脚を引きずるように歩いていた。山の麓から仲間と出発してどのくらい経っただろうか?既に仲間の姿は見えず、1人黙々と山道を登る。クリートはアスファルトとの摩擦に耐え切れず随分と擦り減ってしまっていた。時折、傾斜の緩やかな箇所で自転車に跨りペダルを踏み込むが、筋肉痛と疲労の溜まった脚は意に反して言う事を聞かない。数十メートル進んでは降りて歩く…そんな事の繰り返しだ。そのうち歩く時間のほうが長くなってしまっていた…。
「登口はまだか…?」
何度も呟く…。先の見えない峠道を眺めながら…。
ここは鹿児島、堀切峠。死の山と恐れられる超級山岳「紫尾山」へのアプローチ。距離約6㎞、平均勾配8%。この峠を越えなければ紫尾山への挑戦権すら得られない。そしてその先には九州でも屈指の超級山岳が待ち構えている。
「紫尾山を攻略せよ!」
その命を受け、男とその仲間たちは超級山岳攻略に向かっていた。
男の名はダイ・ヒラヤマ。ブラジル帰りの日系三世である。所属する部隊はSHAKOURIZED。久しぶりの実戦である。
今回は複数の部隊と合同作戦という形で実施されていて、5つの部隊とフリーの傭兵が参加していた。
SHAKOURIZED
”レインマン” ゴエ・ゾール
シモカワ・ベース
シモカワ・ベースJr
ダイ・ヒラヤマ
鹿児島水曜会
イワノスキー・ユッターカ
ヒデ・ムラーオカ
セカンドウインド
ロッキー・ババロア
エスポワール・アジア
ミッツ・サダヒローネ
にゃんこレーシング
ウッチー・ザ・キャニオン
フリー
ユウキ・ピナレロ
ケン・フクザリオン
ダイは久しぶりの実戦であったが、この作戦が終われば休暇が待っていて故郷に戻って結婚式を挙げる予定があったのだ。
「カトリーヌ…」
愛する人を支えに臨んだ今回の作戦であったが予想以上の過酷さに皆に後れを取っていたのである。
「ここで引き返すのは簡単だ。とりあえず紫尾山の登口までは辿り着かなくては…!」
気力を振り絞り1時間以上も掛かってどうにか紫尾山登口に到着したダイであったが、ここから約4㎞、平均勾配10%の化け物を目前にして完全に折れかかる心…。
目的地の頂上が見えているのだが、身体は言うことを聞かない…。遠くにあんな物が見えていたら逆に心が折れる…。麓で補給したボトルの水分も残りわずか。手元にあるのは小さなエナジードリンクと補給用ジェルが少々である。なんとも心もとない…。
おそらく頂上に到着しているであろう本隊に「麓で待つ」と連絡を入れて下山しようか…。
いやしかしここまで来て…。
しばらく葛藤していると、川内方面から来たという2人組の部隊に遭遇した。少数精鋭による偵察任務か何かだろう。一言二言会話を交わし、自分の本隊が先行していることを伝え、彼らを見送ったダイは再び座り込んでしまった。
・・・・・・・・
頂上では雲一つない青空が広がっていた。
視界を遮るものは何もなく、遠くは熊本県天草地方まで見渡せた。
「ダイはまだか??」
「登口に到着したと思われるツイートは確認しましたが…。」
先行した本隊は疲れた身体を癒してくれる景色と達成感に浸りながら動向の分からないダイを心配していた。登頂してからどのくらい経っただろうか。しばらくするとローディーが2名登ってきた。登山口でダイと遭遇した2名である。聞くと、「もう登れないから下で待ってる…と言ってましたよ。」との情報が。
どうするか…。
下山して合流するか、もう少し待つか。
ゴエ・ゾールが無線のスイッチを入れた。
…応答はない。
次は車で登ってきた方に目撃情報を聞いてみる。
「それなら登ってくる途中で見たぞ~」
「・・・!!!」
とりあえず生存は確認できた!!
もうしばらく待つ事に決めた。
・・・・・・・・
ダイは重い腰をあげペダルを踏み込んだ。
「ここまで来たんだ。とりあえず頂上を目指そう。歩いてでも行こう。」
途中で本隊が下山して来たらそこで合流して帰ればいいじゃないか。そう言い聞かせて再び走り出す。しかし身体は思うように動かない。何度も攣りそうになる脚、上半身を支えようとして力む上腕…。完全に擦り減ったクリートはペダルに上手く嵌らない。歩けば滑り、余計に脚の疲労を蓄積させる。
「何キロ登った??あとどれくらいだ?」
繰り返されるヘアピンに悪態をつきながらガーミンに視線を落とす。
「標高890m…あと200mくらいか??」
紫尾山の標高は1,067mだが、そんな細かい数字が頭の中に浮かぶことはなかった。
コーナーを越えるたびに打ち砕かれる希望…。何度も何度も…。しかし本隊はまだ降りてこない。ということはまだ頂上で待っているのだ!ラ◯ァ、僕にはまだ帰れるところがある…こんなに嬉しい事はない…。
どっかで聞いたセリフが頭をよぎる。
そして再びサドルに跨った瞬間…!
前方から青いジャージが下ってくるのが見えた!
「あ!いた!!」
「ダイさん、もうちょっとです!!」
セカンドウインドのロッキー・ババロアが様子を見に降りてきたのだ。
ありがたい…。まともな返事も出来ない状況であったがダイは感謝していた。初めてのコース、一人で登るのと他に誰かいるのとでは精神的余裕が違うのだ。
少し気力が湧いてきたダイであったが、直後にロッキーから衝撃の一言が…。
「ダイさん、アウター縛り??」
・・・
「は???」
一瞬思考が止まった。アウター縛り??そんなバカな!!この超級山岳をアウター縛りで登るなんて…。チェーンリングに視線を落としたダイは驚愕した!
「マジかーーーーーーーーーーー!!!」
チェーンは確かにアウターリングに掛かっている!!慌ててシフトダウンするダイ。麓からずっとアウターで登っていたというのか??半分以上は歩いていたのではあるが、乗るたびにそれにも気づかないくらい疲労していたのだ。ただでさえ不安のあった超級山岳攻略なのにこれでは攻略できるはずもない。
愕然としながらもペダルを回す。しばらくするとまた数名降りてくるのが見えた!
「いたー!!ストップ!ストップ!戻るよ!」
イワノスキー・ユッターカの号令の元、また折り返して皆で登っていく。有難い…。ここまでくるとインナーでも脚は回らなくなってきているが、皆に励まされながらひたすらに頂上を目指す。
そして…
「獲ったどーーーーーーーー!!!」
ついに超級山岳「紫尾山」の頂に到着!!息も絶え絶え、山頂のモニュメント前にて記念撮影を敢行。澄み切った青空、360度の大パノラマ、代えがたい達成感。このために皆ここに登るのだ!と改めて実感したダイであった。
本隊とも無事に合流し健闘を称えあう。
そして作戦遂行の証としてここに記録を残す。
作戦はダイ本人的には完全遂行とはいかなかった。しかし、苦しみながらも頂上を目指した皆の支えがあってこの作戦は完了したのである。男たちの勇気に最大の賛辞を!!
数日後・・・
飛行機の搭乗口に一人の男の姿があった。作戦を無事に終え休暇に入ったダイである。胸ポケットから大事そうに小さな箱を取り出して眺めていた。
「カトリーヌ、待っていてくれ。もうすぐ帰るよ…。」
ゲートが開き、歩を進める男の背中はいつになく明るかった。
~ Fin ~
※この物語は事実に基づくフィクションです。登場する団体名・個人名は実在するモノとは一切関係ありません…という訳でもありません。
~ Another Story ~
ととろの、きのままありのまま
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